【WTT香港】王楚欽、まさかの準決勝棄権。「絶対王者」が下した決断の裏にある、ギリギリの肉体事情と中国卓球界のリアル
正直、会場のどよめきが画面越しにも伝わってくるようだった。
WTTファイナルズ香港2025、男子シングルス準決勝。世界ランキング1位の王楚欽(ワン・チューチン)が、スウェーデンのトルルス・モーレゴードとの試合を前に棄権を発表した。理由は「腰の負傷」。
ウォーミングアップまでは行っていたものの、その後の判断だったという。ファンとしては「またあのパリ五輪の激闘(六角形ラケットの彼との再戦)が見られるかも」と期待していただけに、肩透かしを食らった感は否めない。しかし、この「棄権」を単なるアクシデントとして片付けるのは早計だ。ここには現代卓球界が抱える、ある種の「歪み」と、中国代表ならではの事情が見え隠れする。
まず、ここ数年のWTTツアーの日程は、異常と言えるほど過密だ。世界中を飛び回り、時差ボケも解消されないまま最高強度の試合を繰り返す。いくら王楚欽が鉄人とはいえ、金属疲労のようにダメージは蓄積していたはずだ。特に彼のプレースタイルは、全身のバネを使うダイナミックな両ハンドドライブが持ち味。腰への負担は、我々の想像を絶する。
そしてもう一つ、見逃せないのが「中国国内事情」だ。 このWTTファイナルズが終われば、すぐに中国国内最高峰のリーグ戦「中国超級リーグ(スーパーリーグ)」のファイナルが控えていると言われている。中国の選手にとって、国内リーグはただの試合ではない。所属クラブ、スポンサー、そして地方政府のメンツがかかった、ある意味で国際大会以上に「負けられない戦い」なのだ。
もしここで無理をして腰を完全に壊せば、キャリアに関わるし、国内リーグにも穴をあけることになる。今回の棄権は、痛みを抱えながら無理やり戦って不甲斐ない負け方をするよりも、「勇気ある撤退」を選んだと見るのが妥当だろう。プロとして、将来を見据えた冷静なマネジメントだ。
結果として、決勝の舞台に中国選手が一人もいないという、WTTファイナルズ史上稀に見る事態となった。これにより、日本の張本智和とモーレゴードが覇権を争うことになり、大会の景色は一変した。
王楚欽の不在は寂しいが、彼が万全の状態で戻ってきて、またあの圧倒的なドライブを見せてくれることを願うしかない。今はただ、ゆっくり休んでほしい。